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ボランティア参加者を 宿泊ポイントから作業場所まで送り迎えをしてくれた

バスの運転手さんは、被災して職を失った 元トレーラーの運転手さんでした。





作業の帰り道、津波の避難所だった高台(日和山・標高56m)に連れていってくれた。

「おれの娘も孫を連れて日和山に逃げたんだよ。」





















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ボランティアで宿泊するのは、

先陣ボランティア部隊が清掃してくれた

津波に遭いながらも残った建物。



男女がブルーシートで隔てられていて、好きな場所で休む。



一部の壁が裂けていたり、ヘドロの跡が残っていたりするけれど

雨風がしのげてとても快適だった。




朝も昼も夜も、もそもそと、カロリーメイト的なものを齧り、

緊張しているのですぐにお腹がいっぱいになる。




女部屋は、各々でヨガをやっていたり、

早々と寝息をたてている人がいたり、

他の国の人がいたり、

一週間以上滞在している人がいたり、来たばかりの人がいたり、

どこかの国の旅の途中、ドミトリーを彷彿とさせた。















石巻は連日雨でした。

一応、放射能を考慮する基準があり、屋内作業が割り当てられました。

宿泊地から本日の作業場所まで、いくつかのボランティア団体とすれ違いながら、

バスと徒歩で移動。



連れていかれた場所は、明治に創業した、築100年以上の味噌蔵。

思わず目がハートになってしまうような、古びた味噌蔵。

建物の一部も残念ながら例外なくダメージを受けている。


P1130319.jpg



味噌樽は、この写真の木製の方ではなく、

FRPでできたバスタブのようなもの。



P1130314.jpg



味噌樽の重石と板をとりのぞくと、樽いっぱいの黒カビが繁殖した味噌と、

更にその樽がいくつも積み重なってあり、悪臭を放っていた。

年齢も出身も職業も異なるボランティア数十人が、暑さと臭いとハエと戦いながら、

それをシャベルでひたすらすくって、土嚢袋に詰めていく。

お味噌はもったいないが、カビてしまっているからしょうがない、と自分に言い聞かせて、

作業に専念。

効率を考えながら体を動かしていると、何も考えなくていいので、気楽だった。



町中にも腐敗臭と無数のハエが繁殖していた。













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