上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



昔に撮った荒いデータがでてきた。

水上バスから撮った動画。




移動しながら、強制的に視界が動いていくのが好き。








 


スポンサーサイト

インド大使館に隣接する建物の事務所で働いていた頃。

自分の机の横の窓から、外を見るのが好きだった。


特に、この木は好きで、よく写真を撮っていた。






 


昔、働いていた事務所の建物の画像データがでてきた。






 

2010.03.01 尋常小学校


2010年2月21日。

福島県郡山市にある 1889年(明治22年)に建てられた 尋常小学校。

8間とんだ大スパンの講堂があった。










 
2010.03.03 HOTELLI aalto


2010年2月21日。

裏磐梯にあるホテリ・アアルトへ行く。

北欧建築デザイン協会の方々と、益子先生と、研究室の先輩方と。





遠くに雪を冠った磐梯山の尾根が連なっていた。

P1100917.jpg




先生のディテールをしっかり見ておこうと思いつつも

居心地のよさにお休みモード。



P1100929.jpg




P1100933.jpg




屋根からすべり落ちた雪が窓の外にどっかりと積もっている


P1100923.jpg




ホテルなのだけど、家のようなスケールでした


P1100965.jpg





 

2010.03.04 蔓紫陽花


2010年2月22日。

ホテリ・アアルトの周りは小さな沼が点在しています。

雪が積もって白くなった沼。



P1100989.jpg




茶色く枯れてしまってはいるけれど

しっかりと原型をとどめたツルアジサイが

雪の上に落ちていました。








 

2010.03.10 beautiful door


2010年2月22日。

初岩手県。



素敵なドアー。



P1110030.jpg







 



2010.12.03 アシカガの家




栃木県の足利市へ、打合せへ向かいました。

ただ、打合せのつもりでうかがったお宅は、

なんと明治時代に建てられたもの。



間口一間の廊下が伸び、奥にも奥にも部屋が続いていて

冬だけれど、硝子戸は開け放たれて、

冷たくすがすがしい空気が常に入ってきます。


下手な改修が加えられた形跡はどこにもありません。

こんな素敵な家が残っていて、大切に住まわれ続けていることに

とても感動しました。



IMG_9862.jpg




庭主・バンちゃん。

ずっと駆け回っています。


IMG_9919.jpg





庭には10m以上はあるカリンの高木がそびえ、

熟した果実がいくつも落ちていました。



いくつか分けていただいて、教えていただいたように氷砂糖と少しのお酢に漬けてみました。


IMG_9915.jpg

 





 
2011.03.20 2011.03.11



震度5強。


画像 044





 

( 3.11 memo )

 内藤さんの最終講義を聴くために東大へ向かう地下鉄車中にて。

 電車が急にガクンと止まり、「緊急停止信号が出ました。原因確認中です。」

 というアナウンスが言い終わらないうちに、地下鉄がうねるように揺れだす。

 立っていられなくなって、空いた席に腰をおろすも、まだ揺れている。

 まるで大海の嵐の中の小船のよう。
 
 地下鉄がこんなに揺れているのだから、地上の木造は倒壊するクラスかもしれない。


 twitterを確認すると、大阪の友人が「すごく揺れた」とつぶやいている。

 大阪と東京が揺れている、、、つまり東海地震がきたのだ、と思った。


 落ち合う予定だった内藤事務所のOBたちとも連絡が取れず、

 とりあえず歩いて引き返さねば、と思う。
 
 さっきまで「地下は安全です」とアナウンスが繰り返されていたが

 「津波が来ているので直ちに地上へ避難してください」

 というアナウンスに切り替わった。

 丸の内を抜け、徐々に下町にさしかかり、・・・しかし木造はあまり被害をうけていない。

 少し安心して歩き始めた。

 
 戻って近所の人たちとさっきの体験について話あい、無事をよろこんだ。

 
 しかし、その後に事実を知った。
 
 東北の津波。何を言っているのかよくわからない。

 気仙沼の映像。これはいつの、どこの、話なのか?

 悪い夢であってほしい。

 
 
 


 









 


石巻は連日雨でした。

一応、放射能を考慮する基準があり、屋内作業が割り当てられました。

宿泊地から本日の作業場所まで、いくつかのボランティア団体とすれ違いながら、

バスと徒歩で移動。



連れていかれた場所は、明治に創業した、築100年以上の味噌蔵。

思わず目がハートになってしまうような、古びた味噌蔵。

建物の一部も残念ながら例外なくダメージを受けている。


P1130319.jpg



味噌樽は、この写真の木製の方ではなく、

FRPでできたバスタブのようなもの。



P1130314.jpg



味噌樽の重石と板をとりのぞくと、樽いっぱいの黒カビが繁殖した味噌と、

更にその樽がいくつも積み重なってあり、悪臭を放っていた。

年齢も出身も職業も異なるボランティア数十人が、暑さと臭いとハエと戦いながら、

それをシャベルでひたすらすくって、土嚢袋に詰めていく。

お味噌はもったいないが、カビてしまっているからしょうがない、と自分に言い聞かせて、

作業に専念。

効率を考えながら体を動かしていると、何も考えなくていいので、気楽だった。



町中にも腐敗臭と無数のハエが繁殖していた。













上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。